2026年7月15日、僕を含む美食倶楽部のメンバー5名で、埼玉・飯能の「アトリエ・ド・コンマ」を訪ねた。西武池袋線の飯能駅から住宅街を歩いて7分、ごく普通の一軒家の扉を開けると、そこは料理書がびっしりと並ぶ書斎だった。この店は1日1組しか客を取らない。つまりこの日、この空間はまるごと僕らのものになる。

なぜここを選んだのか。理由はひとつ、野菜フレンチの先駆者・小峰敏宏シェフの仕事を、いちばん近い距離で味わいたかったからだ。
野菜を主役にした、日本フレンチの先駆者
小峰シェフの名前を知らなくても、いまや当たり前になった「野菜が主役のフレンチ」は、この人が切り拓いた地平の上にある。
神戸の名店「アラン・シャペル」で研鑽を積み、1988年に駒沢「ラ・ターブル・ド・コンマ」のシェフに就任。以後24年にわたり、東京の第一線でフレンチを牽引した。当時は魚や肉の添え物でしかなかった野菜を主役に引き上げ、1992年には前菜からデザートまで野菜で貫く「野菜のコース」を世に問う。これがどれほど早かったか。「肉の魔術師」と呼ばれた三つ星シェフ、アラン・パッサールが野菜料理に転じて世界を驚かせたのが2001年。小峰シェフは、その9年も前を歩いていた。しかもパッサール転向の前年、シェフは野菜のコースを載せた自著を本人に贈っていたというのだから、話ができすぎている。

神楽坂の店を経て、シェフは2019年、故郷・飯能の自宅の書斎を改装してこの店を開いた。テーブルはたった1卓。昼・夜それぞれ1組限定で、奥様とご夫婦二人三脚で切り盛りする。食べログの点数は3.6ほど、レビューはまだ十数件だが、派手にバズる店ではなく、通った人がそっと通い続けるタイプの一軒だ。ランチのコースで1万円台なかば。この経歴と手間を思えば、驚くほど良心的だと思う。
この日のコース、野菜が語りだす

コースは前菜から甘味まで9皿ほど。幕開けは固定種野菜と飯能産野菜のマリネだ。固定種とは、種を採って翌年また育てられる昔ながらの品種のこと。味も形も硬さも一株ずつ違うので火入れが難しいと、シェフはむしろその難しさを面白がっていた。続くまぐろのタルタルは、香ばしく焼いたガレットに載せて。ひんやりとした身と、パリッとした生地の温度差だけで、もう手数の細かさが伝わってくる。
「農家からの贈り物」——14種の菜園サラダ
白眉は、その名も「農家からの贈り物」と名づけられた菜園仕立てのサラダだった。

飯能や富士見の畑から届いた旬の野菜が、ざっと14種。ただ盛り合わせたのではない。一つひとつ、火の入れ方も切り方も変えてある。さっと湯がいたもの、生のままのもの、軽く焼いて甘みを立てたもの——同じ皿の上で、品種ごとの甘さや香り、歯ざわりの違いが克明に描き分けられている。口に運ぶたびに味が切り替わり、気づけば皿の上の地図を一区画ずつ辿るように食べ進めていた。「野菜が主役」という言葉の意味が、理屈ではなく舌でわかる一皿だ。
宮城の帆立、対馬の甘鯛
魚は二皿。宮城県産の帆立はパルメザンをまとわせて焼き上げ、下にはマッシュルームのソース、そこへオーストラリア産のトリュフが重なる。ホタテの甘み、チーズの塩気、きのこの出汁、トリュフの香り——強い要素が四つもぶつかっているのに、喧嘩せず一本の線でつながっている。この均衡こそがベテランの仕事だ。

対馬産の甘鯛は、鱗を立ててパリッと焼き上げた一皿。うろこは香ばしく、身はふっくらと火が入り、オクラと蛤のソースが夏らしい青さと旨みを添える。実はメンバーにオクラが得意でない人がいたのだが、この皿はまるで気にならなかったようで、静かに箸が進んでいた。素材の癖を無理に消すのではなく、居場所を与える。そういう料理だと思う。
力強い、ブレス産の幼鳩
肉のメインは、ブレス産の幼鳩のパイ包み。フランス・ブレスといえば鶏が名高いが、この鳩がまた力強い。内臓まで使い切っているのに雑味がまるでなく、赤ワインのソースが、野性味と品のあいだをそっと橋渡しする。パイ生地を割った瞬間に立ちのぼる湯気と香りだけで、テーブルの空気が変わった。この日いちばん、みんなが黙って食べた皿だったかもしれない。

アトリエ・ド・コンマ
0429744402
埼玉県飯能市稲荷町22-10
▼お店の情報は下記のリンクから▼
https://teriyaki.me/articles/11502
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