TERIYAKI

2019年5月17日

目が離せない、現在進行形進化する職人~堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?【鮓職人 秦野よしき】~


こんにちは。テリヤキ編集部です。本日のコラムでは、テリヤキスト堀江貴文氏著書の「堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?」の一部抜粋をお届けします。本日の対談は六本木にお店を構える『鮓職人 秦野よしき』の店主、秦野芳樹氏。

秦野氏は1984年年、調布市出身。家庭科教諭の母の影響で、料理に興味をもつ。中学時代はイタリアンの料理人に憧れる。国士舘高校卒業後、国士舘大学へ進学。大学入学と同時に、すし職人としての修行をスタート。赤坂と銀座の老舗で経験を積む。その後、アメリカ、ハワイ・コナ島に渡り、現地で調理指導に当たる。独立し、自身のすしケータリングや、すし店のプロデュース業を経て、28歳で麻布十番に「すし道」をオープン。2015年6月に、店名を改め「鮨職人 秦野よしき」として営業中。
(鮓職人 秦野よしき | 麻布十番 江戸前鮨より抜粋)

秦野氏とテリヤキスト堀江氏の対談はどのようなものになったのか?!

【鮓職人秦野よしき】の店舗紹介はこちら

堀江:秦野さんはどういう経緯で鮨職人になろうと思ったんですか?

秦野:中学生の頃から飲食業をやりたいとは親に話していましたね。うちの父親は公務員なので、「公務員になりなさい」と言われていましたけど。でも大学生の頃には好きな仕事をするということを認めてもらえました。冨山の鮨屋さんに行かせてもらって、完全に「鮨をやりたい」って心が決まったんです。

堀江:美味しかったんですか?

秦野:はい。今はお店はないんですけど、大将は慶応義塾大学を出ていて、海外留学中に「鮨屋になりたいな」って帰ってきて職人になった人なんです。英語もペラペラで、その世界観にすごく憧れました。

堀江:昔の感じのお店?

秦野:そうです。当時もうおじいちゃんでしたね。僕、緊張しちゃって、頼むまで三十分くらいかかってしまいました(笑)。その味とか店構えを今も覚えています。

堀江:それで、飲食のなかでも鮨がいいなと。

秦野:それから、会員制の鮨屋で学生バイトとして入ったのが、最初の鮨修業です。

堀江:お父さんが紹介してくれたんだ。

秦野:文科省系の役人だったから、官庁の人が行くような赤坂の鮨屋でした。せめて目の届くところで、と思ったんですかね。

堀江:普通に中に入って修業?

秦野:そうです。皿洗いとか、小魚の仕込みをさせてもらっていました。

堀江:それで、大学を卒業して、すぐに鮨屋さんに就職したんですか?

秦野:いいえ、最初はアルバイトをしながら食べ歩いて、修業先を探しました。次のバイトはチェーン店の『うまい鮨勘』。ここは、一日百人とかお客様が来るので、とにかく数をこなせたのがよかった。

堀江:そうですよね。どんどん仕込んで、どんどん握らないと。

秦野:やらせる、やらせないとか言っている場合じゃなくて、赤貝百五十個!アジ何十匹!という感じです。“丁寧で正確で速い”仕事を学べました。

堀江:それで、どこに就職したんですか?

秦野:縁あって、白金台にある『鮨匠岡部』という、『銀座寿司幸本店』の杉山社長の兄弟子がやっているところに入りました。ここは、高級感があって、高級店ならではの接客とか、もちろん岡部さんからは江戸前の古典的な技術も教わりました。

堀江:独立したのはいくつのときですか? 結構早いイメージがあるけど……。

秦野:それがですね、『岡部』の親方が心臓を患ってしまって。店は休みがちなのに給料をくださるんですよ。悪いなと思って、自分なりに働こうと思いまして。独立の準備も兼ねて、鮨のケータリングサービスをはじめたんです。

堀江:いい考えですね。

秦野:給料は出勤している分だけでいいですってお断りして。休日にホームパーティーや結婚式の二次会で握っていました。

堀江:それもいい練習になりますよね。

秦野:店で握るのとは全然違う状況だったりするじゃないですか。例えば、冷蔵庫がない場所で握るのも当たり前。小型冷蔵庫を持ち込むか、保冷バッグを活用するか考えるところからはじまる。

堀江:そうですよね。

秦野:出発してから、二、三時間後にいかに美味しく食べさせるかということを逆算して仕込むんです。冷蔵庫がなかった江戸時代の技術はさすがに重宝しましたね。

堀江:なるほど!

秦野:だから僕は、大衆寿司、高級江戸前鮨、そして冷蔵庫のない場所で不特定多数の人に握る“屋台寿司”も経験できたわけなんです。これはすごくよかったですね。

堀江:独立したときは二十代ですか?

秦野:二十八歳。一週間後に二十九歳、っていうときです。そして、オープンの翌日に結婚しました。

堀江:そうなんだ(笑)。なんで麻布十番にしたんですか?

秦野:意外とこの辺って鮨屋がなかったんです。高い和食はあるけど鮨屋がない。

堀江:昔、住んでいた頃は『幸村』『かどわき』、あとは焼肉とか食べていたかな。

秦野:この物件はお客さんの紹介だったんですけど、夜逃げの居抜きで、煎りゴマと、お金も三円残っていました(笑)。

堀江:うわ、夜逃げだったんだ!

秦野:居抜きの譲渡代が六百万。大家さんには、それを家賃に当ててくださいっていう感じだったみたいです。

堀江:これで六百万だったら、ラッキーですよ。お客さんはすぐ入ったんですか?

秦野:最初はゼロの連続でしたね。それで、ストレスで左耳が聞こえなくなってしまったんです。あと、腸閉塞で入院もして。

堀江:ええっ! 大変でしたね。

秦野:これもストレスでドカ食いして、腸が機能停止。夜中に店の下でばったり倒れていて、たまたま下りてきたうちの奥さんが救急車を呼んでくれたんですけど、発見が遅れていたらどうなっていたか。

堀江:重いやつじゃないですか。

秦野:ひどかったですね。入院しながら、五日間休むことでどれだけ売上が減るかってことに気づいて、もう本気で健康には気を使うようになりました。

堀江:最初だから休みなくやってたんじゃないですか?

秦野:そうですね。

堀江:ちゃんと寝ないとだめだから。お鮨屋さんは信じられないほど寝ないから。よくないですよ!僕なんて不具合一切ない。

秦野:本当に、体が一番大事ですよ。

堀江:仕入れは築地(当時)ですか?

秦野:はい、行っています。

堀江:朝早く行かないと「お前なんなんだ」みたいに言われるとか、今もあるんですか?

秦野:うーん、僕はある程度決まっているものを買いに行ってるのでちょっと違うかな。漁師さん、仲買さんとトライアングルで話し合えているので、見て確認しなくちゃいけないことはほとんどないんです。

堀江:じゃあ、なんのために行くんですか?

秦野:築地はご飯を食べて、人に会いに行ってる感じですね。そこまで築地での仕入れは重要視していません。

堀江:へぇ、そうなんですか。職人同士も話するんですか?

秦野:それが結構重要です。仕込みの話もするし、お客さんのことも。

堀江:お客さんの話って?

秦野:あの人とあの人は同じ日にしちゃいけないとか、ほかのお客さんに迷惑がかかるから貸し切りか個室にしたほうがいいとか。女性だと、香水がきつい方とかね。

堀江:CAさんの情報交換と同じですね。いや、毎朝早くから時間かけて行くのってなんなんだろう、って思ってたんですよ。

秦野:情報交換があるんですよ。まあ、あとは「鮨屋の大将は毎朝築地に行く」っていう神話でしょう。

堀江:そうですよね。北海道の鮨屋でも築地からマグロを仕入れる時代なわけだから。仕入れにはLINEも使っていますか?

秦野:はい。漁師さんから「こんなのあがったから築地に送りますよ」ってきて、仲買さんに「絶対とっておいてください」って連絡します。マグロも一週間前くらいから、競りに出る前の情報が届きますよ。「あと少しでいい状態のマグロを届けられるので、それまでキープしてください」みたいに。

堀江:それはあがってないもの?

秦野:あがったものです。あがっていても、いい状態で高く売りたいから、漁港でキープしていることがあるんですよ。内臓をとって、氷詰めしておく。その情報はある程度仲買人に行くんですけど、仲がよければ僕たちにも回してもらえますから。

堀江:マグロは獲れてからどれくらいがベスト?

秦野:正確な日数はわからないですけど、競り場に届いて二週間。店頭に並んで一週間から十日くらいが一番美味しい時期だと思います。

堀江:その間はもちろん冷蔵ですよね?

秦野:そうです。毎日キッチンペーパーを替えて。だから、いつも買いつけから出すまでのタイムラグを考えながら、前もって買っておかなければいけない。

堀江:秦野さんは、マグロはどれくらいの量を使うんですか?

秦野:一回に入れるのは十三、四キロ。それを八日から九日使うので、月に五、六回買います。

堀江:マグロをマネジメントしてるんですね。

秦野:そうかもしれないですね。

堀江:ほかの魚は?

秦野:毎日買います。鯛、アワビは産地から直送しています。

堀江:鯛はどこから?

秦野:僕は絶対に明石です。

堀江:鯛の場合は、獲れて何日くらいで出てくるんですか?

秦野:鯛は獲れたらすぐ、直送です。ですから、早くて次の朝に受け取ることになります。

堀江:早いんですね。そのまま使うんですか?

秦野:さばいて一日おいてから使います。つまり、獲れて二日後の鯛を握っていることになりますね。

堀江:話が戻るけど、どうやったら人が来はじめたんですか?

秦野:「人と違うところを見せていこう!」と思って、チャレンジしだしたんです。たまねぎのすりおろしを熟成させて醤油と煮詰めたジュレを使って、大トロに合わせたり。大トロも四枚に切って、イタリア語の四(クワトロ)にかけて「クワ“トロ”」って呼んだり。シャレを入れたビジュアルとかネーミングを使いはじめました。それで「面白いね」って感じで、満席になる日が出てきました。

堀江:僕が行ったのもその頃だな。

秦野:あれが僕の第一形態だったんです。つい最近、第二形態になって、また全然違う鮨を出しています。

堀江:なにがあったんですか?

秦野:僕、札幌の『鮨一幸』さんへ、ほぼ月に一度通っていまして。普通に食べに行っているんですけど、僕の気持ちとしては勉強させてもらっているような感じです。

堀江:へぇ!

秦野:大将の工藤(順也)さんみたいに、一見シンプルなのに奥行きがある鮨を握りたいんですよね。最近、考え方を参考にさせていただく旨をお伝えして、お許しをいただき、第二形態へと進めました。

堀江:月に一回はすごいね。

秦野:はい、気持ちを高めたくて、ファーストクラスで飛んでます。

堀江:気合が入っていますね。まあ、工藤さんの話もファーストクラスですからね。

秦野:ケチッてエコノミークラスで行くと、なにかを無駄にする気がして。飛行機から高めていこうと。

堀江:すげえな。迎える側も気合入ってますよ、きっと。

秦野:そんなわけで、工藤さんに倣って、シンプルだけど、いかに、仕事をしているところを“見せない”か、というのをテーマにしようと。見た目にはわからないけど、なんだかすごく美味しい一貫を握りたいんです。

堀江:工藤さんと同じことをやるわけじゃなくて、考え方とかスタイルの問題なんでしょう?

秦野:そうです。考え方の問題。僕は、東京でしかそろわないネタをやりたいですし、東京らしい鮨をやりたい。それに工藤さんの領域とは雲泥の差があり、感性の違いもありますから。工藤さんは僕にとって一生尊敬し続ける存在。その想いを抱きつつ、秦野流を目指す。それが第二形態です。全部で何形態まであるか自分でもわかりませんが(笑)。もしかしたら、「もう海のものは握らない」っていう日がくるかもしれない。昆虫食も世界で流行ってきていますし(笑)。

堀江:なるほど、バーチャル弟子なんだ。ちなみに、僕は昆虫が出てきたら二度と来ませんからよろしく(笑)。

堀江:秦野さんの中で、シャリの重要度はどれくらいですか?

秦野:いくらネタがよくても、シャリがまずかったらゼロ、という意味では百%かな。僕のシャリは炊くときの水分がかなり少なくて、炊きあがったらすぐに多めの酢を入れます。それから寝かせる。

堀江:直前に炊く?

秦野:お出しする一時間前に炊きあがるようにしています。二回転するから二回炊いて。なので十八時の回は、ときどき次のシャリ切りを見られますね。

堀江:お米は?

秦野:南阿蘇のコシヒカリです。

堀江:もう決定なんだ。

秦野:そうですね。契約しています。石灰土壌なので、コメの味が僕のシャリ酢に合うんです。ワインにも合いますよ! 同じように石灰土壌で作られたビノ・ノワールとかね。今、コラボレーションで「秦野よしき米」を作ろうとしてるんです。

堀江:楽しみですね。

秦野:締めには、使った魚の骨の全部で出汁を取ったあら汁。甲殻類を食べた明石の鯛を使っているから、入れていないのに甲殻類の香りがするんですよ。透明な汁だけど、実は味が凝縮している。貸し切りのときはラーメンに出したりもします。

堀江:確かに、一見するとわからないけど、見えなくても味でわかる、すごい仕事がされている。“映え”ばっかりじゃなくて、面白いなぁ。まさに『秦野よしき2.0』ですね。

いかがでしょうか。
「堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?」では、秦野氏を始め、日本全国の超人気鮨店の店主とテリヤキスト堀江氏との対談が描かれています。一流鮨職人とテリヤキスト堀江氏との対談はどれも読み応えがあり、何度も読み返したくなること間違いなし!ぜひこの機会に購入されてみては?

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